モノづくりの世界で、
飛騨の匠がこれほどまでに
神聖化されるのは、
ひとつには「物は残しても名は残さない」という
清さがあげられます。
さらには一世一代の仕事を残したいために、
材料や手間で大損をしても
納得のゆく仕事をするという匠の「誇り」が
彼らを仕事に駆り立てたのです。
奈良時代から続く飛騨の匠の来歴を思うとき、
こすぎアクトは誇り高き名工から
受け継がれたDNAを、
けがすことのないよう身や心を引き締め、
作り手の気概を寺院修復に込めたいと願っています。
物事の奥に潜む
モノづくりは根気のいる仕事ですが
モノに生命を与える
という尊い仕事であり
モノに触れて生きている
という充実感があります。